アトピー生活

アトピー性皮膚炎とのなが〜い付き合い

漢方

小4くらいから通いだしたのが、漢方を扱っている内科の診療所だった。そこは消化器内科だけれどアレルギー診療も掲げていた。
母が知り合いからここの漢方がアトピーに効くと聞いたらしい。「この頃はとにかく良いと聞けば何でも試した」と母の談。


診察室の壁には、いろんな種類の茶色いカラカラの葉っぱが入った瓶がたくさん並んでいた。診察台に横になって、院長がお腹をあちこち押して痛いかどうか聞いてきた。内蔵の状態を診ていたのだろうか。後は肌の状態を一通りみて、漢方の配合を決めていたようだった。


その漢方薬、パックだったか葉っぱだったか、煮出すのは親に任せっきりだったからまるで覚えていないのだけど、出来上がりは泥水みたいな色をしていて恐ろしく不味かった。鼻を摘まんで、苦味をこらえてなんとか飲み下した後にグワッと押し寄せるえぐみと臭み。一口飲む度にえずく。「おおげさかねぇ」という母に「飲んでみぃ」と差し出したら、一口嘗めて身震いしていた。「ほれみろ!」と得意げに胸を張ったけど、「あんたの体のためたいね」と言われると返す言葉はない。


これが1日2回200mlずつ。神棚に供えるカップ酒の空き容器に入れて台所のテーブルに並べられていた。朝学校に行く前に飲んで、学校から帰ったらまた飲む。初めこそなんとか頑張ったけれど、しばらく続けて効果がみえないともう見るのも嫌気がさした。
兄が友達を連れてきて、罰ゲームに使おうと言い出した時、兄の友人が「妹さんの薬なのにいいの?」と気を遣ってくれたのだけど、丁重に差し出した。飲んだ友達が思わず噴き出して「これやべえ!」と大いに盛り上がっていて、自分はえらいもんを毎日飲んでいるんだなと再認識した。「ささ、もう一勝負どうぞ」ともう1 カップ運んでいったが、あえなく断られてしまった。
それでも基本的には毎日自分で飲んでいた。たまにどうしても手が出ずに、空き瓶をチェックする母に「減っていない!」と怒られたりしたけれど、捨てはしなかった分まだ真面目だったと思う。


結局しばらく経っても症状に変化は見えず、病院で何度か漢方の配合を変えられたものの効果はなく、そのうち院長が「思春期になったら自然と治るよ」なんて言い出した。生理が来れば治る、ということらしいが、男の子の場合はなんだろう。変声期が来れば治る、だろうか? 昔はアトピーは成人するまでには治ったというから、その感覚で言ったんだと思うけれど…。
なんと最近になっても、友達のアトピー性皮膚炎のお母さんが、皮膚科の医者に「アトピーの高齢者って見ないでしょ。だからお婆ちゃんになる前に治りますよ」と言われたとか。その時お母さんはもう60歳。お婆ちゃんて何歳から?という疑問もあるし、 70、80になったらどんな変化が起こるというんだろう。
アトピーの高齢者を見かけないのは、重度のアトピー性皮膚炎が現代病で、大人になっても治らなくなったのがまだ近年だからじゃないのか。アトピーの高齢者は今後数十年したら続々出てくるに違いない。


他にもこの院長は「アトピーの子はどうしても暗くなりがちだけど、君は明るくていいね。大丈夫だよ」なんてわけの分からないことを言ってきた。要は匙を投げられたということだったんだろうな、と今にして思う。また、ここの看護士さんが「ブツブツを掻いて出た汁が他のところについてまたブツブツができる」なんて言っていて、『それじゃあアトピーは感染するじゃないか…』と母と顔を見合わせたりもした。※ 感染しません。
ある時、診察の待ち合い中、母親が院長の息子さん (医者) から声をかけられた。「父はアレルギー診療を色々やっていますが、ちゃんとした皮膚科で診て貰ったほうがいいですよ」と。母はこの人を「誠実な医者だと思った」そう。そんなこんなで、そのうちここにも通わなくなった。


それがいま、その息子さんが院長になってから、母親がかかりつけにしているらしい。逆流性食道炎で長く近所の医者にかかっていたが、薬ばかり増えて一向に良くならない。それでかつての誠実な印象もあってこの先生の診察を受けてみたところ、少量の薬(漢方ではない)ですっかり良くなったそうだ。


※ 漢方全てが効果がない、というつもりはありません。