アトピー生活

アトピー性皮膚炎とのなが〜い付き合い

日々 土佐清水⑧

アトピー性皮膚炎治療の為の、土佐清水病院での入院 ( 民宿からの通院 ) 生活にはすぐに慣れた。
治療は基本毎晩病院に通い、サンドバスという特殊な石粒に埋まって肌を柔らかくする風呂 (?) に入ったあと、軟膏を全身に塗って包帯でぐるぐる巻きにされるのの繰り返し。たまに昼間(だったと思う)に病院に行って、茶色い液体の入ったぶっとい注射を肩に打たれることも。これがどんな薬品でなんの効果があったのかは全く覚えていない。打たれるとすぐ強烈な鈍痛がして、看護師さんに言われた通りに良く揉むと痛みがやわらいだ。
私と同じ中学生くらいの男の子がお母さんと一緒に来ていて、注射を打たれたあと泣きそうな顔をしていた。お母さんが「かわいそうに」と言って揉んであげていて、それを見た私の母が柄にもなく「揉んであげようか?」と言って来たが、「自分で揉める」と断った。


朝のシャワー後、軟膏を塗らなくても乾燥しないことが分かったから、お湯を貯めて湯船に浸かるようにした。
昼間は自分の服や外した包帯、ガーゼ、白手袋を洗濯する(たしか手袋や包帯は洗って次の処置に持っていった)以外やることがないから、おおむね部屋でゴロゴロ。今ごろクラスの子たちは学校かと思いながらコタツでうとうとするのは至福だった。母はだいたい小説を読んでいて、「こがん何もせんで良かっちゃろか」と罪悪感すら感じていた。


朝晩は民宿で食事が出るけども、お昼は自分での調達だったから、近所のスーパーで惣菜を買って来たり、散歩がてら外に食べに行ったりした。
肉が食べられないアトピー患者のために、シーチキンカレーや大豆でできた肉 ( 風のもの ) の生姜焼きや時雨煮を出す喫茶店がある一方、店の表に『土佐清水病院患者の入店お断り』とバーンと貼ってあるレストランも。治療で塗るグリテールパスターという軟膏が強烈な臭いを放つから、きっと他のお客さんから苦情が入ったんだと思う。
意気揚々と店を探していて初めてその張り紙に出会った時は、すっかり萎縮してしまった。しかし、のんきに「ここにしよう」と言う母。「ダメって書いてあるよ!」と言うと、「あの臭いが問題なんでしょ。あんた朝シャワー浴びとるけん大丈夫よ」と悠々と中へ入っていった。慌てて後を追ってコソコソ席についたが、店の人の対応は普通だった。


病院での処置の時間は民宿ごとにローテーションで決まっていて、ちょうど私が泊まった時、宿泊先の民宿は夜7時からの番だった。おかげで薬をつけたら寝るだけで、昼間は薬を落とした状態で出歩けたから良かったが、当然、朝・昼からの処置でグリテールを塗られる人もいるわけである。グリテールは "大豆の乾溜エキス" だとかで、この臭いを形容する言葉は見つけられないが、例えば広いスーパーで「グリテールの香りがする!」と思って見回すと、20mくらい離れた惣菜売り場で包帯を巻いた人がおかずを選んでいたりする。それぐらいの威力があった。
しばしばスーパーで、患者さんの横を顔をしかめて通り過ぎる人を見た。あからさまに「くっせぇ」と言う人も。飲食店はまあ分かるけれども、臭いの元が分かっていて危険はないのだからそこまで…とハラハラしたが、それでも言われている当事者は動じずに買い物を済ませていた。
もし入院が翌月にずれていたら私も朝イチからの処置で、匂いはもちろん全身包帯ぐるぐる巻きの為、動きづらくて散歩もしづらかっただろう。正直、夜の回に当たって良かったと思った。


たまに街をぶらぶら散歩して、バスで30分くらいの足釣り岬というところにも行った。見事な断崖絶壁と奇岩のある岬で、崖から海を見下ろしたら足がすくんだ。母は風でも吹いたら落ちるんじゃないかと恐怖して、離れたところから「早よ戻ってこい!」と叫んでいた。自殺の名所と言われているらしく、確かに確実に死ねそうだったが、飛び込む気合は半端なく必要だと思う。


佐清水の港の方に散歩したとき、はじめに診察してくれた先生が遠い目で海を見ているのに遭遇した。呆然と立ちつくしたような風情に声をかけて良いものかどうか迷った。この先生が病院内で点滴を打ちながら ( 点滴スタンドをガラガラ持って ) 働き回っているのをしばしば見かけていて、患者さんも大変な人数だし、自分ののどかさに反して、よっぽど忙しいんだろうと少し心配になった。あの先生は今どうしているだろうか。